企業情報

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松の木

企業理念 代表挨拶 会社概要 事業所紹介 丸松の歴史


 

企業理念


私たち丸松株式会社はモノ創りを通じて 全従業員の物心両面の幸福を目指すと同時に社会の人々の豊かな暮らしに貢献すること

社員一人ひとりが為すべき事をしっかり考え、モノ創りのプロとして、また社会人として日々の研鑽を怠ること無く価値ある商品を提供していくことが丸松の使命であると考えます。

お客様の信頼、仕入先様の信頼、同僚の信頼の獲得が我々丸松グループの社員全員が目指す最大の喜びであります。


 

代表挨拶


外海大社長

社会は様々な技術が進歩していきますが、繊維製品の製造の根本は人と人との繋がりがあってこそだと思います。綿を元に紡がれ、織られ、編まれてきたものを縫い、繕いながら多くのお客様とのご縁を結んでまいりました。

『君子和而不同』(君子は和して同せず)、論語の一節のように、安易な同調するではなく真摯な取り組みでこれからもお客様との縁を大切に育てたいと思います。

 

  丸松株式会社
代表取締役社長 外海 大


 

会社概要


丸松株式会社

商号 丸松株式会社
MARUMATSU CO.,LTD.
代表者 代表取締役会長 外海 達
代表取締役社長 外海 大
所在地
■本社
〒550-0003
大阪市西区京町堀1-3-13 辰巳ビル6階
TEL : 06-6225-2690(総務代表)
FAX : 06-6225-2743
TEL : 06-6225-2710(営業・生産代表)
FAX : 06-6225-2744
従業員28名

 

■東京支店
〒111-0053
東京都台東区浅草橋1-2-8
マルイチビル2A
TEL : 03-3851-0981
FAX : 03-3851-5321
従業員4名

 

■鈴鹿事業所
〒519-1106
三重県亀山市関町会下1266番地
TEL : 05959-6-1311
FAX : 05959-6-1313
従業員30名

 

■三興丸松紡織有限公司
MARUMATSU SANSHINE TEXTILE CO.,LTD.
中国/福建省漳浦縣綏安工業開發区
TEL : +86-596-329-1147
FAX : +86-596-329-1145
従業員154名

 

平成29年 5月 時点
事業内容 ニット製品の企画・提案・製造・販売
創業 1904年(明治37年)
資本金 7,500万円
取引銀行 三井住友銀行・商工中金・紀陽銀行
近畿大阪銀行・大阪シティ信用金庫
主要仕入先 伊藤忠商事(株)/CBC(株)/日鉄住金物産(株)
梶井綿業(株)/(株)ヤギ
主要販売先 ヤマトインターナショナル(株)/日鉄住金物産(株)
ヒットユニオン(株)/(株)ワールド/(株)ファミリア

 


 

事業所紹介

鈴鹿事業所(1963年設立)


動画で見る → 鈴鹿事業所

鈴鹿事業所

鈴鹿事業所の概要(画像をクリック)

〒519-1106
三重県亀山市関町会下1266番地
TEL : 05959-6-1311
FAX : 05959-6-1313

ジャパンメイドのモノ作りに力を注いできた丸松にとって、日本のすぐれた縫製技術を守り継承するための中核工場と位置づけています。J∞QUOLITYの認証を受けており、得意アイテムはポロシャツを基本としたカットソーアイテムです。TSS(トヨタソーイングシステム)を採用し、1枚流しの立ちミシン方式で4~5ラインを稼働させ、月間約12,000枚の生産能力を持っています。CAD-CAMを設置しており、中~小ロットのアイテムを生産してきました。得意アイテムはポロシャツやTシャツですが、秋冬アイテムとしてトラックジャケットやZIPブルゾンも生産できる工場となっています。

東海道の要所である関の歴史保存地区が近く、宿場町の名残をのこす観光名所としてハイカーの方々からも人気のエリアとなっています。

 

三興丸松紡織有限公司(1996設立)


動画で見る → 三興丸松紡織有限公司

三興丸松紡織有限公司

三興丸松の概要(画像をクリック)

中国/福建省漳浦縣綏安工業開發区
TEL : +86-596-329-1147
FAX : +86-596-329-1145

ウーロン茶でおなじみの中国福建省の南南西に位置し、亜熱帯の温暖な土地に構えた工場として、海外生産を中心としている営業2部のメイン工場として位置づけています。ニットシャツ系アイテムから、工程数の多いブルゾンまで多種に渡る製品を取り扱っています。月産40,000枚の能力を持ち、周辺の現地生地メーカーや各種刺繍・プリント加工工場とも連携して小ロット生産にも対応しております。日本で培った丸松スタンダードを継承し、お客様に満足いただける製品作りに日々努力しています。

近年では開発が進み、新幹線が開通したため、アモイから最寄りのザンプ駅まで約30分で行けるようになりました。ザンプはライチによく似た甘い果物である龍眼の産地であり、別目龍眼の里とも呼ばれています。

 


 

 

丸松の歴史


①1904は創始者外海銕次郎が個人投資により創業した年
②MARUMATSUの頭文字のM
③松の木のイメージ
④しだいに広がることで末広がりを意味しており、会社がこれから栄えるという意味を込めている
⑤ロゴは「人」という字に似ていて社員一人一人がお互いを助け合い支え合いという願いを込めている
⑥コーポレーションカラーはやはり松の色である緑色
2004年4月7日創立100周年を
記念に新社章を制定

 

当社の出来事 社会・業界の出来事
1896年(明治29年)創業者・外海銕次郎が伊藤忠兵衛・前川善三郎氏らと5名で日東合資会社を設立アテネで第1回オリンピック開催
1897年(明治30年)外海銕次郎が日東合資会社を改組し資本金30万円で日東綿糸株式会社を設立外国綿はアメリカ・エジプトよりも輸入されはじめた
1898年(明治31年)日東綿糸株式会社を解散し、外海商店を大阪市西区江戸堀南町1丁目に設立 
資本金38,000円 綿実の輸入・綿糸の受託販売
豊田織機操業開始
1904年(明治37年)外海銕次郎、田附甚五郎共同して大阪府西成郡鷲州村大字浦江聖天裏に田附メリヤス工場(弊社)を創業
資本金7,000円 従業員20名
ロシアに宣戦布告 開戦半年後には戦勝景気で綿業界潤う
1915年(大正4年)丸松合資会社と改め、代表社員外海銕次郎就任 資本金10万円 従業員50名 第一次世界大戦の影響で輸出が増え好景気となる
1921年(大正10年)退職社員の親睦機関として「松葉会」発足尺貫法からメートル法へ統一(全面実施は1966年)
1925年(大正14年)本社を大阪市西淀川区海老江町150番地へ移転(梅田町本社社屋売却)日本初のラジオ放送開始
1933年(昭和8年)初代社長外海銕次郎が死去67歳、正七位に叙せられる
外海鋼吉が第2代社長就任
国際連盟脱退
日本の綿布輸出量、英国を追い越す
1938年(昭和13年)天津工場を中国天津市に建設国家総動員法公布
1941年(昭和16年)日東綿業株式会社の商号を丸松株式会社と変更し、丸松合資会社を合併 資本金125万円に増資太平洋戦争突入 メリヤスの海外輸出完全停止
1945年(昭和20年)3月の空襲により海老江本社、工場全焼 天津支店、天津工場、大連、奉天、京城各出張所全て接収される広島・長崎に原爆投下 太平洋戦争終わる
1948年(昭和23年)貿易部を分離して丸松貿易株式会社を設立 大阪府中河内郡盾津町大字鴻池に新工場を建設
諸設備を集約、一貫工場として整備 本社を同所に移転
帝銀事件 日本脳炎流行 プロ野球初ナイター
東レ、ナイロン本格生産
1950年(昭和25年)協力工場・資材納入商社の親睦連絡機関として「松栄会」結成糸ヘンブーム
1959年(昭和34年)創立55周年記念式典を開催(鴻池本社)伊勢湾台風で東海地方大災害
1963年(昭和38年)株式会社マルマツニットを三重県に設立ケネディ大統領暗殺
1964年(昭和39年)創業60周年記念祝賀宴を開催(太閤園)東京オリンピック
1968年(昭和43年)台湾丸松股分有限公司を台北市新店に設立3億円事件
1972年(昭和47年)第3代社長 外海忠吉が藍綬褒章受章日米繊維協定調印
1974年(昭和49年)創業70周年祝賀・新社屋落成披露開催(鴻池本社)量販店ファッション化
1975年(昭和50年)資本金7,500万円に増資繊維不況深刻化
1982年(昭和57年)丸松75年史発刊百貨店アジア進出盛ん
1984年(昭和59年)比叡山延暦寺に社員仏故者供養塔を建立 対米繊維輸出4品目規制
1994年(平成6年)創業90周年記念祝賀宴を開催(太閤園)カットソーブーム
1996年(平成8年)三興丸松紡織有限公司を中国福建省に設立 資本金280万ドル 従業員431名海外生産増大
1997年(平成9年)東京支店を東京都台東区に設立
株式会社マルマツニットを合併して鈴鹿事業所とする
アパレルのSPA志向強まる
グローバル・スタンダード
1998年(平成10年)新社章制定大店法廃止
1999年(平成11年)創業95周年感謝の集いを開催(ヒルトン大阪)ユニクロ快進撃
2004年(平成16年)創業100周年記念祝賀会開催(太閤園)ユニクロ米国進出
2007年(平成19年)社史『丸松百年史』発刊繊維ビジョン
2011年(平成23年)本社機能を大阪市西区京町堀へ移転スーパークールビズ
2016年(平成28年)第7代社長 外海 達(現:代表取締役会長) 旭日雙光章受章イチロー選手が日米通算4257安打を達成